Ultima of Saga Logo

□ 『マイ・ストーリー』 ネズミのシェリー著 □

それは少し肌寒い夜の事。
青白いトラメルが水平線で輝き、このロード・ブリティッシュ城の尖塔を照らしていました。
もう何年も前の出来事になります。
わたしはこの愛する小さなネズミ穴から、すべてを見ていたのです。

その頃、我らがブリティッシュ王と、盟友ブラックソーン卿は、夕べには肩を並べチェスをするのが日課になっていました。
この王国の行く末についての議論を行うためです。
ブラックソーン卿は部屋へ到着する頃合、丁度、窓の下ではブリティッシュ王が駒を並べ終えたところです。

そのとき突然、よろい戸が音を立て開くと、ブリティッシュ王は片腕で目を庇いながら床へしゃがみ込んでしまいました。
突風が舞い込んできたのです。
凍てつくような風が流れ込み、それが部屋の空気を引き裂いたようでした。
いいえ、引き裂いてしまったのです。
裂け目にはまるで夜空の星々を思わせる光の大群、霧に包まれたかのようなあでやかな光の渦巻きが見えました。
流れ込む寒気は、部屋からすべての暖かさを奪い去り、暴風が本や調度品を撒き散らかし、家具といえばもんどりうって、その役目を放棄してしまう始末です。

その空気の傷跡、深い裂け目から、わたしがこれまで耳にしたことの無い声が、畏れるるべき声が発せられました。
これから記する事は、彼らの会話――わたしが最も注意深く記録したもの――です。

「汝、やんごとなきブリティッシュ殿下。我こそタイムロード、あらぬ世にこそ住まうところあるなり。汝、あらぬソーサリアより顕れ、我、汝と同じくするところなり。我、汝に警告を預けるのみにある。
「いと悪しき魔の導に長く徒モンデイン、世にあらん。彼のやんごとなき勇者、ソーサリアに降りてこれを斃す。不滅の宝珠やがて打ち砕く、囚われし世、再び解き放たること、汝、なおおぼえありしか。

ブリティッシュ王はゆっくりと立ち上がると、その虚空の穴に向かい答えました。

「もちろんですとも。
「私は今でも願って止みません。彼の勇者が再びこの世界へ降り立ってくれることを。

声は応えます。

「彼の者、ソーサリアにあらん。
「否、現しき世にあらんや。彼の宝珠打ち砕くるのち、幾千の破片生ず、其は次元をまたぐる、あらぬ世に散らばりしこと甚だし。破片一々にソーサリア世あらん。全きソーサリア世あらん。汝、其の一にあらん。いとほいなきこと、汝また真にあらんや。あからさまなり。

――ブリティッシュ王は動揺している様子です。
そして、わたしもどう考えれば良いのか分からなくなりました。
あの宝珠が砕け散った時、世界はその数だけ分裂してしまったそうです。その幾千もの世界の一つ一つにわたしがいる。
わたしは影に過ぎないですって、どこか彼方の遠い世界に存在している本物のわたしの影に――

声は続けました。

「我、此の幾千の世、真なる単に戻すものなり。
「我、汝にたのみ乞うものなり。いといみじう哀しみあらんこと、またおぼゆ。

我らが王の顔は、不安と好奇の表情で揺れているように見えます。
やがて起立すると、その裂け目を瞥することなく直視し、声を上げました。

「如何な哀しみであろうか。

「散り散りし世の破片、げにあやしき力ひめるものなり。其故、いと悪しきともがら求むるに已まず。悪しに降るところ三度あり。其はシャドウロード、悪しき影の蕃神にして真の世に仇なすことゆゆしきなり。
「我、彼の勇者いざなうこと重ぬる、つたなしをいさめるありし。蕃神いさめるありし。
「なお千の世あらん。なお千のとまどいあらん。
「真なる世に和するは、自から和することなり。二の世の和するは此れ一の世とならん。

「もし、もし我々が影に過ぎぬのであるなら……

ブリティッシュ王はそう訝しむ。
同時に、裂け目の煌きが弱々しくなってゆくのが見て取れました。

「さかし、あらぬ者は真の者に還る。
「汝は汝ならんや。真が汝に還る。失うにあらんや。
「わびしかな、彼の時、幾代は昔、汝がともがらあらぬ者なきにしてあからさまなること甚だし。其故、真の似姿もつこと能わず。失うこと理なり。

ブリティッシュ王は打ちひしがれ、へたり込んでしまいました。
その犠牲――ブリタニアの民という、かけがえの無い犠牲――の大きさを訊いてしまったのですから。

「おお、我らが民よ。

そう大きく息を吐き出しました。

「あまたが幸、求むるゆえなり。

その言葉にブリティッシュ王は項垂れる。

――その時、わたしは気づきました。
赤く重いカーテンが揺れ、そこにブラックソーン卿がいたのです、なんと蒼白な面持ちでしょうか。
彼は何時からいたのかしら。
わたしには分かりません、しかし、彼はすべてを聴いてしまったのではないでしょうか――

「そして、私の為すべきことは。

ブリティッシュ王が震える声で問いました。

「汝がともがら、やんごとなく賢しくあれ。汝がおぼえし八つの徳、やがてしたためるなり。あらぬ汝らも行う理なり。
「汝がともがら行うあらば、汝がともがら和するあり。汝がともがら和するあらば、汝があらぬ世、真に和するあり。

その空気の傷跡、深い裂け目は癒えはじめました。
それを見た愛おしい暖かさは、また部屋へと、そっと舞い戻ってきたようです。

「私は今夜、この考え――私の思いつき――をブラックソーンと相談するつもりであったのだ。

ブリティッシュ王は深い息を吐きました。

「これは私の考えではなかったのか。私の人生も、私の考えも、私のすべてが鏡映に過ぎないというのか。

「よに、否。

そう声は応えました。
最初に比べずいぶん小さく遠い声になっています。

「げに、汝らは平行なり、全きにあらず。汝、我が乞い応えることあながちにものうし。
「今宵、我は千の汝にまみえしなり。千のたのみ乞うなり。千の応えにあらんや。

――すべての君が協力してくれはしまい。
その言葉を最後に、あの裂け目は閉じてしまいました。
嵐の晩に曝け出された部屋だけを後に残して。

「世界を破壊せよ、世界のために、か。

ブリティッシュ王は苦悶の声を漏らしました。

「たしかに私のいくらかは嫌になるであろうよ。

気を取り直したブラックソーン卿が、大仰に部屋へと入ってきました。
芝居がかった風に言います。

「おやおや、我が王よ。これは一体なんの騒ぎですかな。

しかし、彼の作り上げた狼狽では、旧友を騙すに十分ではなかったようです。
友は目を細め、問いつけました。

「どこまで聴いていたのだ。

「まったく何を言っているのですか。

ブラックソーン卿は目をそらすとチェスの駒を拾い集めました。

「私はチェスをしにきたのですよ。

彼らはテーブルを直すと、一緒に駒を並べだしました。

「ブラックソーンよ、なんと単純なゲームであろうか。

ブリティッシュ王は、チェスボードを指でたたきながら、意味深長に問いました。

「ただただ白と黒だけだ、あたかも人生までもが単純であるかのようよ。

ブラックソーン卿は深く腰掛けました。

「王よ、私は彼らがかように単純であるとは、決して思えませんな。
「もし他の誰かが、貴殿のような考えであるなら、それはとても悲しむべきことだ。

ブリティッシュ王はブラックソーン卿を睨めつけるようでした。

「しかし、キングを守るためには、ポーンを犠牲に差し出さねばならぬのだよ。

ブラックソーン卿も真っ直ぐにブリティッシュ王をとらえました。

「陛下、兵士とて一度家に帰れば、家族もいるし恋人もいる、その個々人の生活があるでしょう。

そういって、ポーンを前方のマスへ移動させます。

「――チェスを続けませんか。

その晩、激しい戦いが繰り広げられましたが、終に決着が着くことはありませんでした。

次の日、ブリティッシュ王は貴族たちを一堂に会し、新しい八徳思想を宣言しました。
国中に徳の神殿を建て、これを護らねばならないと宣言したのです。

ブラックソーン卿は声を上げ、これに猛反対します。
多くの人々はこれを訝しいことと思いました。
何故なら、ブラックソーン卿はとても高潔で実直と評判でもあり、これまでブリティッシュ王と意見を違えたことはなかったのですから。
彼は彼ら独自の神殿――混沌の神殿――の建立を同時に宣言します。
その日以来、ブリティッシュ城を後にし、政務のため北の湖畔にある塔へと移り住みました。

彼らはいまでも親友のままです。
しかし、彼らの間にある悲しみの溝が埋まることはもうありません。
それはまるで彼らが、望まぬ選択を、無理に強いられているかのようです。
そして夜、わたしが王の寝室に忍び込むとき、彼はテーブルからポーンを手に取り、すすり泣いていることがよくあります。

わたしはただのネズミです。
誰もわたしの声を聞くことはかないません。
これらの物語は誰も知らないままなのです。
わたしが、この世界の危機に際し、みんなの事を、わたしたちの国の事を本当に心配だからこそ、インクにぬれた小さな足で書いた、この大変な文字以外には。