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□ 『シェリーの手紙~騎士団創設へ』 ネズミのシェリー著 □

出版者より前置:
誰がこの手紙を差し出したかは不明だ。
しかしながら本文によれば、著者はネズミであると主張している。
ネズミは明らかに文字を持ちえず、手紙を書くことは不可能なことと思われる。
何者かの悪戯か。自身をネズミと卑下する者か。
さては魔法のネズミかは分からない。

登場人物はお馴染みではあると思うが、ニスタルはブリティッシュ王おかかえの宮廷魔術師。
ロベール卿はブリティッシュ王の弟にあたり、かつて我らの王がブリタニア統一の旗を掲げた際、これに猛反発した諸侯の一人である。
ブリティッシュ王、ブラックソーン卿については今更説明するまでも無いだろう。

また巻末には、例の予言と謳われている詩を付加させていただいた。
これらを予め断っておく。

「強行しなければならないようだ、ブラックソーン。

そう言った彼は、オーク材のテーブルを見下ろすように立っています。その亜麻色の髪の房は、サーコートの肩口にある黄金の留め金に夢中になっているかのようでした。
その手はテーブルの上に地図を広げるやいなや、シルバーサーペントの紋章がある胸の前に重々しく組まれます。
彼は色褪せた地図を追い、サーパンツスパイン山脈の山道がある麓へと、心を馳せているようでした。
わたしからはその地図をはっきり見ることは出来ません、しかしながら、地図の一点だけを見つめ続けていることはよく分かります。

「陛下、そのようなお考えは。

ブラックソーン卿はそうかぶりを振ります。

「自体はそこまで不味くありますまい。

「馬鹿な。

ブリティッシュ王はそう言い放ち、テーブルを押すように立ち上がると、踵を返し、窓の下で雪の降り積もる外を眺めます。
彼は低い声で続け、ブラックソーン卿は黙ったままうな垂れていました。

「あれが今年に死んだものたちだ、ブラックソーン。
「彼らは悲しみの中で冬を越す。食物の運ばれる事のない食卓。開かれることのない商店。親を失った子供たち。子供を失った親たち。
「死者を思い出すのだ。我々の見た葬列を思い出すのだ。
「わかるな。

ブラックソーン卿は王に傍に立ち、白い雪の向こうに見える、丁度、堀の向こうにある北の鍛冶屋の通りへと目を細めました。
丸石を敷いたその暗い道に、葬列が――運命の悪戯と、寒さとに背を丸めている人影の列が――通らない日を見ないことがありません。
彼は友人の肩に手を置き、優しく声を掛けました。

「陛下、彼らを取り戻すことはできますまい。

ブリティッシュ王は壁を叩きつけました。

「そうだ、しかし、殺人者に裁きを下すことはできる。

ブラックソーン卿は目をそらしました。

「裁くですと。如何な裁きです。殺人までも合法化するおつもりで。
「路上でなぶり殺されたスリの話を聞いていないのですか。住民は怯えているのです。貴方はその行為を認めるのですか。

「違う、ブラックソーン。殺人者に対してよ。

ブリティッシュ王はテーブルに戻りました。

「これがその新法の草案だ。まず目を通してから言ってくれないか。

ブラックソーン卿はため息をつきながら椅子をひくと、テーブルでその難解な文書を読み始めました。
ブリティッシュ王は立派な暖炉に向かい、その炎で手を温めだします。

「季節外れの雪か。

ブリティッシュ王は続けます。

「収穫の秋かと思えばもう雪、まだ積もるほど寒くはないがな。

たしかに寒い日が続きました。
わたしは居心地のよい家にいるときでさえ、身を震わせることがあります。

気を散らされたブラックソーン卿は相槌を打ちました。

「何かの前兆だと噂するものもおります。

やがて読み終えると、その羊皮紙をたたきました。

「これでは……

「どうかね。

ブリティッシュ王は友人の次の言葉を待ちわびているようです。

「気が進みませんな。しかし、陛下の目的には適うでしょう。

ブラックソーン卿はため息まじりで答えました。

「よろしい。私はこれを新法として宣言しよう――

『ブリタニア国民は、殺人を犯した者を捕らえることができる。また、殺人者の財産を奪うことができる。

「しかし。

ブラックソーン卿が言います。
ブリティッシュ王は眉をゆらすと唇をゆがめました。

ブラックソーン卿はテーブルを叩くと言いました。

「衛兵にこの命令を下すことは、本当に嫌気がしますな。

ブリティッシュ王は鼻を鳴らして答えました。

「騎士に新しい命令を下すだけのことよ。

「お聞入れください。

ブラックソーン卿は震える声でいさめました。

「あなたは別の法――例の八徳――を実施しようとしている。
「私や民衆が、殺人に対してどう思うか知っていながら。

ブリティッシュ王は怒りもあらわに大股で歩み寄った。

「秩序の騎士団には最高の人材を集める。彼らは良き手本となるであろうよ。

「そして、窓から覗けば、誰がそれに相応しくないかが分かると。衛兵たちが好ましくない者を処分するのを見て。
「これは如何な衛兵なのです。彼らをして考えや行動までもを押し付けるおつもりですか。

ブリティッシュ王は雪のような白い手で、目の前の椅子を掴みました。

「それは統治者の責務ではないと、ブラックソーンよ。教え導くことが。

ブラックソーン卿はテーブルに手つき立ち上がりました。
その姿はブリティッシュ王とは対照的です。
髪は黒く、短い。同様に髭も黒かった。ローブに身を包んだ彼は、窓の外の白さに映え、まるで影のような趣でした。
ブリティッシュ王は燃え盛る炎を背にし、ブラックソーン卿は逆巻く雪を背にしています。

「陛下はブリタニア国民の母親ではありませんでしたな。

彼は冷ややかに言いました。

「なお、彼らを過保護に扱うのであれば、彼らはすぐに反発することでしょうよ。

相対する金と黒。
やがてブリティッシュ王は優しく言いました。

「どうしてそうなる、友よ。

ブラックソーン卿は目を丸くしました。
すぐに目を細めると、言い返します。

「陛下は友情に付け入る気ですか。今は国の問題について論じているのですよ。

ブリティッシュ王は苛まされるように俯きました。

「我らがか。好きにすればよい。
「明日、秩序の騎士団たるに相応しい人材についての宣言を行う。彼らが常に賞賛されるべき人格者であるよう、我らが紋章であるシルバーサーペントの紋章盾を授ける。紋章を辱めたものはこれを剥奪する。
「同時に、賞金首に関する法律も宣言しよう。

ブラックソーン卿は憤慨しテーブルから離れます。
重々しい扉の前まで進むと、再び引き返しました。
ブリティッシュ王は動じず、顔を上げません。

「よいでしょう。明日、私も私の宣言を行います。
「新しい騎士団に入団するであろう彼らが、代わりに私の紋章を選べるということ、混沌の騎士団に仕えることができるということを。

ブリティッシュ王は鋭く彼を見上げます。

「私設軍隊だぞ。分かっているのか。

「違いますな、陛下。

ブラックソーン卿は慇懃に答えました。

「ただ彼らは、善悪について自身で十分に判断を下せるという、私の信条を示すために仕えるものです。
「彼らは街角でスリを虐殺するような、熱心すぎる衛兵や、陛下の温情主義にうんざりしているのですから。

ブリティッシュ王は彼を睨めつけました。
彼らは自由意志と社会倫理の狭間に囚われてしまったかのようです。

わたしは暖炉の上に跳びのると、体を丸め、二人がこちらに気づかないよう祈りました。
よい逃げ道は無かったし、わたしはか弱いネズミだったからです。

「噂を耳にした。

ブリティッシュ王は突然切り出しました。

「我々の思想はあまりにもかけ離れてしまった。均衡こそ必要だと。
「彼らはその為に、風吹きすさぶ山々の奥地に秘密の街――均衡の都市――を建設したという。

ブラックソーン卿は頷きます。

「私もその噂は聞きました。

「ニスタルは本当だといっている。手紙を受け取ったと。

「まさか。

ブラックソーン卿は立場を崩さず答えました。

「奇妙な予言も流れているそうだ。狂人はそれを呟き、墓や柱には落書きが絶たない。
「困ったことよの、ブラックソーン。

ブリタニアの王も頑なにそう続けました。

「彼らは――

ブラックソーン卿は、いまだ扉の前に立ったまま答えました。
ブリティッシュ王は彼の譲歩を期待し、次の言葉を待っているようです。
しかし、黒衣の男はそれ以上続けませんでした。

「――好きにするがよい。

ブリティッシュ王は厳しく言い放ちました。

「これは宣戦布告だ、ブラックソーン。
「お前は混沌の騎士団を造り、その徳を護れ。混沌の紋章を掲げよ。彼らが気高く誠実であらんことを。
「明日、私は二つの騎士団が同時に創設されることを宣言する。双方に属すことはかなわず、彼らは自由に争い、流血をも辞さない。
「その後に我々は思い知ることとなろう。どちらの徳こそが勝利を収め、真に相応しい者たちであったのかと。

ブラックソーン卿は顔をしかめました。

「陛下、貴方は軍を揚げるとおっしゃったのですぞ。チェスを戦場で行うおつもりで。国の行く末にとって良い事ではありませんぞ。

「友情をあてにするなよ。

ブリティッシュ王はブラックソーン卿の言葉を、そのまま返しました。

「賽は投げられたのだよ。

その言葉にブラックソーン卿は軽く頷くと、部屋を後にしました。
残されたブリティッシュ王は椅子に腰を落とし、羊皮紙の地図を手でなぞりました。
赤茶けたインクの上をゆっくり辿ると、ある砂漠まで行き着きます。かつてロベール卿と剣を交えた場所でした。兄弟が血で血を洗った凄惨な古戦場、ここからブリタニア統一が始まったのです。
地図上の旅は終わり、不穏な国の統治者は息をつきました。
外はすでに吹雪きだし、葬列はなおも重い足取りを凍えた墓地へと向けています。

彼は気づいていないようですが、わたしからは窓の外に浮いている影――暗く恐ろしい形相、猫のような瞳、鋭い牙、金属質の体――が見えました。
デーモンが聞き耳を立てていたのです。巨大な翼を羽ばたかせていますが、同時に嵐がそれを匿っているかのようでした。
やがて、王室分裂の知らせを持ち帰るべく、夜の帳へと消えてゆきました。

書記官が遠慮がちにノックをすると、ブリティッシュ王は入るよう命じます。

「これを議会に提出せよ。

そう命じると、新たに何点かを書き加えた新しい草案を渡しました。
書記官は逃げるように去り、やがて開いたドアからは、会議室の喧騒が聞こえ出します。

「戦争だ。

誰かが叫びました。

「いや、平和だ。

別の声が叫びます。

暖炉の上のわたしは、ロウソクの光だと思っていたものが、赤い満月――不吉なる女王フェルッカ――であった事に身を震わせました。
わたしは孤独でか弱いネズミです。ロウソクと月の光も区別できないほどに力の無いネズミです。

雪降りし、高貴なる者、集まらん
自由意思、社会の倫理、争わん

ネズミ見し、怪物覗く、その間
嵐の夜、言い渡される、挑戦状

折れた槍、砕けた盾は、行く末よ
かの平野、憎しみの血で、汚される

今は無き、一つの心、悲しきか
和解の日、それでも何時か、訪れる

平和が世界、非難とて無し