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□ 『トリンシック陥落』 聖騎士ジェイフェス著 □

ある春の日、陽の光がトリンシックを照らす晴れた朝。
ボロボロの服を着た子供たちが歩道を柵に沿って走ってゆく、彼らの笑い声は夜明けを告げる音楽だった。
監視塔の上では衛兵が、足下を大慌てで過ぎ去ってゆく子供たちに微笑みかける。

喜びを胸に抱え羽ばたく子供たち、私もその中の一人だった。
我々はあまりにも若く、この後に待ち受ける暗く重い運命など知る由もない。
同時に、我々は海に面したパラディンタワーで開かれる秘密会議に出席できる権利を持っていた。

秘密会議はいつもロウソクの火と不安によって照らされる。
我々は多くの恐怖を覚えている、あの這い寄る森――暗く湿った窖より産み落とされた忌々しい生物の現る森――からの恐怖は壕の周りを徘徊し、掠奪を繰り返す。
それでも我々は子供であった。
柵や壕は格好の遊び場であったし、街の防衛には十分でないにしろ、そんなことを考える必要は無いのだ。

我々はよく柵の向こう側――街を分ける南の川の先にある果樹園――へと、川を泳いでは遊びに行く。
そこにある立派な牧師館に住まう人々は、拳を振り回しながら我々をよく怒鳴ったものだ。
何故ならば、我々は彼らの庭を通り抜け、この汚れた裸足は繊細な狐手袋 [ジギタリス] や大紅黄草 [オーフラー] を踏み荒らすことに意と介さなかった。
我々は水に飛び込めば、陽気にも果樹に水をはねかけ遊びまわったのだ。

南の川は、柵の無い広大なアーチをくぐり、ゆっくりと流れ、我々はそこで、緑茂る土手に転がり、睡蓮の葉が音を立てているのを見たりしている。
その春、あの楽しい場所は、街を蹂躙する醜悪で粗暴な亜人を、我々のトリンシックへと引き込む戸口となってしまう。

私はその土手で、彼ら――髪はぼうぼうで湿り、絡み合い、藻と泥とが彼らを着飾っている者たち――の襲撃を目の当たりにしていた。
彼奴らは、亜麻色の髪と明るく大きな瞳を持った、活発な少女を見つけてしまう。
彼女はリーラと呼ばれ、あの春、私は彼女と手をつなぎながら、スマグラー水門の傍らの橋から足を投げ出し、デザートを一緒に頬張るという甘い幻想を抱いていた。

彼奴らが彼女を捕らえたとき、私はただただ黙っていた。
彼女を引きずりながら、柵を突破していった時でさえ、私は黙っていることしか出来なかった。
獣骨をかぶった隊長が突撃の号令を叫んでいるときでさえ、街に警告することすら敵わなかったのだ。

子供たちを非難しないでほしい。
私とて、桃の木の影に必死に隠れ、怯えていた、その子供の一人でしかなかった。
我々は震え上がり、ショーンの仕立屋は煙を吐き出し、炎がエリノア女将さんの酒場を呑み込もうとしていた。

私は今日までリーラの話をしたことは無かったし、木の焼ける臭いは今でも悪夢を呼び覚ます。
それでも、大人になった我々は、あの日の惨劇から防衛上の欠点や弱点を調べることが出来た。
それが今日、分厚い城壁に囲まれ、建物は要塞となり、城塞都市へと生まれ変わった理由である。

新しいパラディンタワーは街を一望できるばかりか、バリア半島の海賊も警戒できる。
ジプシーたちがキャンプを好む南のくぼ地さえも認め、襲撃への警鐘となるのだ。
我々の仕事に賞賛を――空間よりも安全を、様式よりも堅牢を、木材よりも石材を。

私が生きている間、このトリンシックで大火を見ることは二度とないだろう。
少女の叫び声が、我ら善良な市民の眠りを妨げることは決してないだろう。
これが私の誓い、聖騎士として生涯の宣誓である。

――ジェイフェス、トリンシック聖騎士団グランドマスター

出版者より後書:
その後、サー・ジェイフェスは無理な討伐、遠征を繰り返し自滅した。
トリンシックの天敵であり憎悪の対象であったオークの多くに破滅をもたらした彼は、故郷トリンシックで英雄として祭られている。

難攻不落の城塞トリンシックであるが、この時よりゆっくりと、そして確実に破滅へと向かってゆく。
それは魔女ミナクスの出現で決定的となるが、その話は今するべきでないだろう。