■ フィンブルの冬
ロード・ブリティッシュは無表情のまま、トロフィーの並ぶ豪勢な部屋で、宮廷魔術師の登場を待ち構えていた。
ニスタルの興奮した表情、新たな破片、その中に息づいているであろう別の世界。
あまりにも多くの思考を一度に浴びた時、人は無表情になるのだろうか。
それとも、不意にもたらされた珠玉の破片が、あまりにも唐突な出来事だったからかもしれない――
――ロード・ブリティッシュは両手を顔の前で組み、祈るような姿で思いふけっていたが、ゆっくりと視線を上げると、テーブルに載せられた小さな破片を覗き込んだ。
確かにそこにはブリタニアと呼べる世界が存在していた。
そこにある現実は、今、自分達のいるブリタニアもまた破片の一部なのではないかと、想像させるのに十分な存在感を持っている。
しかし、そのブリタニアは今までに見つかったブリタニアではなかった。
そこは白銀の世界。
そしてその世界を包む雪は紅く染まっていた……
決して大地を照らすことの無い日の光、決して止むことの無い雪。
鳴り響く剣戟と鳴り響く悲鳴、人々は互いに争いあう。
厳寒な冬にあえぐ村人は巨人に虐げられ、互いに偽りを囁きあった。
まったく違うブリタニア……偽りと戦いに明け暮れた極寒の世界。
「ニスタル、これは一体どういうことなのだ。
「まるでフィンブルヴェドですね……
ロード・ブリティッシュの問いかけにニスタルが答える。
「そんなことを尋ねているのではない。
「私はモンデインの魔力により世界が複写された小さな破片を、すべて世界の果てで封印することを命令したはずだ。
「それともこの破片は珠玉のまた別の一部なのか。
ニスタルはしごく冷静に答えた。
「恐らくは、飛散したままこれまで発見されることのなかったものの1つでしょう。
「彼の勇者が去り、封印を終えたあの日から、これまでもいくつかの破片が見つかっているのも事実です。
「それは陛下もご存じのはずですね。
ニスタルはロード・ブリティッシュの答えを待つことなく先を続けた。
「陛下、我々が成すべきことは一つ。
「破片の中に暮らす人々がその事実をいつの日か認識し、再び1つにまとまることを思いつかないうちに封印してしまうべきだということです。
「何よりあの世界にとってもそれが……
最後の言葉は、幾度となく陰鬱な惨事を目撃したニスタルにとっての本音だった。
「これまでと同じようにか……
封印という言葉に反応したロード・ブリティッシュの声は重く、部屋全体にのしかかった。
「ニスタル、すぐに出発の準備を整え、この破片――フィンブルヴェド――を封印するための旅に出るのだ。
軽く頷いたニスタルはテーブルに載せられた破片に手を伸ばした。
彼が破片をつかみかけたその時、一陣の風が音を立てて舞い、それを床に叩きつける。
破片は乾いた音を立て砕け散ると、不自然なまでに細かい輝く砂に姿をかえてしまった。
時を待たずその破片の欠片は吹雪に姿をかえ、窓から外世界に吹き出していった――
――ニスタルは口を開く。
「陛下、私には聞こえました。
「砕けた欠片を集めろ、その時封印は為されると――
「大丈夫、彼らならやり遂げて見せますよ。
その言葉の真意を読み取ったロード・ブリティッシュは深く頷いた。
翌日ブリタニアは一夜にして銀世界に変わり、王城には多くの冒険者がひしめき合った。
「私は彼らの魂を護る存在。
「彼らを封印したいのならば、それ相応の誠意を示すがいい。
「彼らの魂と同じ数の欠片を全て集めよ――
「元の破片に戻るとき、私は彼らをヴァルハラへと導こう。
そのどこでもない場所に、本来あるべきではない存在は、誰に聞かすともなく呟いた……