ジェロームはブリタニアで最も南に位置する街だ。
戦士の街と一般に知られているが、実際には喧嘩上等の街といった方が正しい。
ムーンゲートを出たニウと発泡斎がまず目にしたのは大きな酒場であった。
中から聞こえてくるのは怒号と悲鳴、皿の割れる音、椅子やテーブルの壊れる音……
「何だか騒がしい町だな。
と、ニウ。
ニウたちは王様から二つの依頼を受けてここに来た。
ひとつはジェローム北に出没する三すくみの怪物を生け捕りにすること、もうひとつは行方不明の王女様を探し出すことだ。
そしてこれらは互いに無関係ではないらしい。
「酒場の隣りはヒーラーか。こっちも怪我人で賑わってるな。
そう言うニウに発泡斎が答える。
「北の島は無人島じゃから、今日はここで宿を取ることにしよう。
「明日は仲間をスカウトするんじゃ。
「その前に金をおろさないとな……
「おーい、兄ちゃん、銀行はどっちだ?
ニウは酒場から出てきた男に声をかけた。
男は持っていた酒を一気に飲み干したが、酔っている気配はない。
「俺も今から行くところだ。ちょうどいい。案内してやろうか。
ニウたちは男についていくことにした。
ヒーラーハウスを右に曲がると闘技場だ。
「ここは決闘場だ。喧嘩程度じゃ気が済まない奴等が、命を捨てに来る場所さ。
男がそう鼻で笑う。
そうして一同は銀行についた。
「サンキュー。
ニウに男が答える。
「どういたしまして。ここは物騒だから気を付けろよ。じゃあな……
男と別れたニウは、しばらくバックパックの中身をごそごそとかき回していたが、やがて悔しそうに大声を上げる。
「やられたっ!
「どうした?
「財布がない!
「あの野郎、ふざけやがって!
「俺のことか?
ニウたちが見上げると、そう答えた男はグラス片手に銀行の屋根に腰掛けていた。
もう片方の手で、女物の財布を、お手玉して遊んでいる。
「あーっ、あたしの財布!てめー盗むんじゃねー!返せよ!
「人聞き悪いこというんじゃねーよ。他のやつに取られないように、ここまで守ってやったんじゃねーか。
「感謝しろよ。まあ護衛料は、もらっといたけどな。
「ざけんじゃねーぞ!頼みもしないことすんじゃねー!
「……ニウ……他人の事は言えんぞ……
と、発泡斎。
「ほらよ。
男はニウに財布をほうり投げた。ニウは急いで中身を確認したが、半分しか残っていない。
「この薄汚いコソ泥野郎!
「失礼な言い方だな。こう見えても俺は悪人と金持ちからしか、取らないんだよ。
「で、あんたはワルだが、ビンボーだから、半分だけもらった。
「あたしがビンボー人に見えるか?
「まさかお嬢様とか言わないよなあ。
男は冗談は止めてくれとばかり。
しかしニウは完全にキレている。
「昼間から酒なんか、かっくらってんじゃねーぞ!
「酒じゃない。
男はグラスの残りを一気に飲み干してから言った。
「グレープフルーツジュースだ。
「まったく、あの野郎、ふざけやがって……
ニウはまだ怒っている。
「まあ授業料と思って、あきらめるんじゃな。
対して発泡斎は冷静だ。
ニウと発泡斎は、酒場に戻ることにする。
「情報収集は、まず酒場からじゃよ。
ふたりは酒場に入った。
「いらっしゃいませ。
「この酒場に、誰か情報通の人いるか?
ニウが切り出す。
「それなら一番奥にいる御老人が詳しいと思います……Sionちゃーん!ご案内して!
「はーい!
若い女が奥から出てきた。
店員らしいが、それほど場慣れしている訳ではなさそうだ。
「Sionっていいます。
「ここに勤めとるのかの?
「昼間は薬屋なんですけど、お酒も売ってる関係で、夜はここでアルバイトしてるんです。
「そりゃ大変じゃろう。
「実は、カレがここの常連なので、半分はデートなんです![]()
若い女と発泡斎のやり取りの後、三人は酒場の一番奥に向かった。
そこでは、いかにも手先口先だけは達者そうな老人が、独りで酒を飲んでいる。
「ダーリン、お客様よ。
「……に、兄さん……
「……え?
と、ニウ。
「珍幻斎兄さん!
「兄さん、また若い娘つかまえて……よくやりますね。
「おぬし、よく人のことが言えるな。隣りのネーちゃんは、ひょっとして聖職者か?
「そうです。
「見た目だけですけどね……
二言目は声を落とす。
「うらやましい……わしもいつかは聖職者相手にいろんな事してみたいのう。
「いつだって、いろんな事してるじゃないですか。
「わしは聖職者フェチなんじゃ!
「……Sionちゃん、大変じゃろ?こんなエロジジイ相手じゃ。
「あたしは別に変なことさせませんから。
「Sionちゃん、そりゃないぞい。もういい加減チューくらいしてくれても……
「……ところでじーさん、ここに出入りしてる、ジュース好きの盗っ人野郎知ってるか?
と、ニウが割り込み、勝手に切り出す。
「Juiceのことか?あいつがどうした?
「あたしの財布盗みやがった!金も半分取られたんだぞ!
「はて?あいつは女から取ったりはしないはずじゃが?
「嘘じゃねーよ!見ろ!この財布を!
「わしが財布を見てもしょうがないと思うが……ん?何じゃこれは?
珍幻斎が財布の中を指差した。覗き込むと、底の方に何か縫い付けてある。
剥がしてみると、盗まれたはずのお金と、走り書きしたメモが出てきた。
メモの内容は――
『次からは気をつけてネ
――怪盗Juice様より
「……あのヤロー!どこまでもナメやがって!最後の『ネ』が、カタカナなのがムカツクゼ!
「……で、本当は何が聞きたいんじゃ?
「実は、消えた王女様についてなんですが……
発泡斎が尋ねる。
「ああ、それならSionちゃんの方が詳しいぞい。
「アンタ、王女を知ってんの?
「人から聞いた話なんですけど……
ニウの問いにSionが答えた――
王女様がダンジョン――どこのダンジョンかは、分りません――にいるという情報を得て、さっそく捜索隊が派遣されました。
でも、ダンジョンから生きて帰って来れたのは、ただ一人の兵士だけ。
その兵士も、まるで抜け殻のようでした。
「王女様はどうした?
周囲の問いかけに、男はうつろな目で答えました。
「王女様は……もう帰る……
そこまで言うと、男は突然苦しみ始めたのです。
そして、そのまま死んでしまいました。
もちろん王女様は未だに帰ってきません。
兵士が余計なことを言ってしまったために、王女様は、逆に帰れなくなってしまったのではないかという、もっぱらの噂です。
その後、別の捜索隊がダンジョンをくまなく探したけれど、王女様は遂に見つからなかったそうです――
翌朝、ニウと発泡斎は、ジェロームのテレポーターの前にいた。
ジェロームは三つの島で構成されており、テレポーターを利用すれば、船を使わなくとも他の島へ移動することが出来る。
一番大きな中央の島と、南の島は、普通の南国の街であるが、北の島だけはジャングルがあるだけで、目立った施設は何もない。
しかし、この島は有数のトレハンポイントであり、財宝を求めて訪れる物が後を断たない。
だが、凶悪なモンスターが彼らの前に立ちはだかり、多くの者が命を落とすという。
そのモンスターを倒すのが第一のクエストなのだ。
「今日はとりあえず下見じゃ。
そういう発泡斎にニウが尋ねる。
「モンスターって何だ?
「どうやらヘビらしい。
「ヘビかよー!ヘビは勘弁してくれよー。爬虫類苦手なんだよなー。
「王様の依頼じゃから、仕方ない。さあ、行くぞ。
テレポーターに乗ると、一瞬の浮遊感の後、新しい世界が眼前に広がる。
そこは小さな村だった。牧場の向こうに密林が見える。
目の前には、可愛いリボンとエプロンを身につけた女性が、テーブルの上に山積みになった弁当を売っていた。
「いらっしゃいませ。りんなの仕出し弁当はいかがですか?ここから先は何もありませんので、ここで食料調達することをオススメします![]()
「弁当か。どんなのがあるんじゃ?
発泡斎は興味深々だ。
「こちらが呂布弁当です。食べると人を裏切りたくなります。
「そんなの食ってどうすんだよ!
ニウが突っ込む。
「敵に食べさせるんです。
「なるほど。今のところ敵はおらんから、別にいいわい。
「面白そうだから食ってみようかな。
「お前はそんな物食わんでも裏切るじゃろう。
発泡斎の勇気ある発言だったが、ニウの左ストレートをまともに食らって、発言撤回する羽目になった。
「こちらは劉備弁当です。人がついてくるようになります。
「ストーカーか?
と、ニウ。
「違うじゃろう!カリスマになるということじゃ。
「そんな物食わなくてもこのジジイはアタシについてくるぞ。
「うっひゃー!
「……元々ついてきたのはおヌシじゃろう。しかも金まで取りおって(TT
「他には?
「こちらは諸葛亮弁当です。
「アタマが良くなるのか?
「……うへっ!サカナばっかり。サカナ嫌いなんだよなあ……
「魚食わんのか。どうりで……わ、わかった!殴らんでくれ!
「では、こちらはいかがでしょう?甘寧弁当。弓がうまくなりますよ!
「弓か……別に持ってないしな。でも戦闘能力上げとくのは良いことだな。
「よし!これに決めた!
「ワシは諸葛亮弁当で、INTを上げることにしようぞ。
「ありがとうございました。またお越しください![]()
ニウたちは弁当屋を後にし、北に向かった。
二人の姿が見えなくなったところで、りんなは呟いた。
りんな「――生きて戻ってこれたらですけど……」